2022年2月20日 07時03分
中野といえばサブカルチャーの聖地のイメージが強い。JR中野駅周辺の商店街、路地裏を歩けばアニメ関連グッズを売る店や古着屋などがめじろ押し。髪を逆立てたパンクファッションの若者たちが意外に穏やかな笑顔でたむろしていたりする。
型破り、常識外の力が満ちるこの街が今、新たな顔を持ち始めた。
「アール・ブリュット」の街である。「アール・ブリュット」とはフランス語で「磨かれていない、生のままの芸術」の意味。中央の表舞台で脚光を浴びる芸術作品とは別に、独自の価値観で創造を続けた作家たちの作品群を指す。障害がありながら内なる衝動に突き動かされ、一心不乱に創作に向かう作家が多いことでも知られている。
イベント「NAKANO街中まるごと美術館!アール・ブリュット」が始まったのは二〇一〇年だった。社会福祉法人愛成会の提案に中野ブロードウェイ商店街が応じ、階段の壁面などに絵画などを展示した。
「作品を初めて見た感想はたまげたでした」と青木武同商店街振興組合理事長(73)は振り返る。「斬新な色づかいや構成に圧倒された。尋常ではない集中力でつくられた作品だと私などにもわかりました。お客さんの反響も上々で、独創的な文化の中野のイメージにぴったりと合致した。次第に協力者が増え、駅一帯のイベントに発展していきました」
十三年目の今年は、一月二十二日〜二月二十三日の期間、中野ブロードウェイ商店街のほか中野サンモール商店街、中野レンガ坂商店会、中野南口駅前商店街、野方商店街、中野マルイなどで作品を写したバナー(垂れ幕)、ポスターなどを展示。トークイベントや学校法人織田学園との食や服飾のコラボ企画なども開催した。
今、中野の街を歩けば、そこかしこで奇抜な作品に巡り合う。
中野駅南口の原画展の会場で作者の一人、戸谷誠さん(77)から話を聞くことができた。
都内の自宅にこもり、あまたある賞などとは無縁で、黙々と花のような女性を描き続けてきた人だ。
「アール・ブリュットの作家と呼ばれる人たちには天才が山ほどいます。彼らは人に評価されたいとか、人に見せたいとかという欲とは無縁です。だからピュアで汚れていない。私は縁があって仲間に入れてもらっているだけ。到底、彼らにはかなわないのです」と謙虚に語る。
愛成会の副理事長でアートディレクターの小林瑞恵さんによると、同会が発掘したアール・ブリュットの作家は五百人以上に上るという。「芸術の意味を広げる可能性を秘めています。まず実物を見てください」と小林さんは話している。