<奥島孝康のさらに向こうへ>ぼくの学生時代(2) 無念だった弟の死

 学生時代のぼくの最大の課題はアルバイトであった。とにかく、アルバイトで生活費を稼がない限り、大学はもとより、生きてゆくこともできない。  入学当初はいわゆるニコヨン、つまり日給二百四十円の工事現場作業員などの肉体労働者である。ぼくの最初のアルバイト、練馬駅の貨物係はまさしくニコヨンであった。  しかし、これでは大学へ行くことはできない。なんとか、授業に出席可能な家庭教師になりたいものだとあちこち探していたところ、一年生の中頃、一軒見つかった。  その後も探し続けていたところ、最初の生徒の母親がさらに二軒見つけてくれ、二年生の中頃には、週二回、一回二時間で月三千円の口を四軒獲得した。  二年生になると、日本育英会(当時)の特別奨学金月額三千円と、村の育英資金月額三千円の支給を受けることになって、年額三万円の授業料の支払いばかりか、本代もある程度賄えるようになった。  食事は、当時あった配給キップで、一食五円割引のきく外食券食堂を利用することとし、大学生協のC定食(三十五円)を中心に、下落合や野方の外食券食堂を利用した。  そこで、一番多く食べたのが、「鯨の唐揚げ」であり、毎日毎回「鯨カツ」を食べた。安い上に栄養価は高いが、臭みがある。しかし、なんとも懐かしく、いまでは最も好きな一品である。  だが、三年生ともなると、日曜日だけは豪勢な食事を楽しんだ。内容は大型のオムレツ。材料はタマゴ三個(三十円)、バラ肉百グラム(四十円)、生野菜(タダ)。  野菜は、練馬農家の大家さんが畑の野菜を自由に採ってよいと許してくれた。それに加えて、サンマの開き(十三円)とタクアン一本(十円)。ぼくが頭からかじり、弟が尻からかじった。  弟は故郷の高校を卒業後上京し、働きながら中央大学の夜間部に入学した。  しかし、痛恨の極みは、その弟が卒業後帰郷しすぐに病没したことである。助手になったばかりのぼくは、ショックのあまり、ほぼ一年近く茫然(ぼうぜん)としていた。  当時、弟とぼくは、練馬の大根畑の中に建った汚いが親切な大家の四畳半の下宿で暮らしていた。だから、随分と勉強もした。  入学後二年近くは、我妻民法、宮沢・清宮憲法、団藤刑法など当代第一との定評のある教科書に悪戦苦闘していた。  二年生の頃は社会科学や哲学を中心とする岩波文庫を古本屋で買い求め、一日一冊を目標に読みまくった。  そんなことがなければ、カント哲学や西田哲学に触れる機会はなかったかもしれない。どれだけ理解していたかは別にして、二年生の終わりの頃には、なんとなくこんな読書が面白くなっていたから不思議である。  二年生の後半ともなると、川島武宜の「所有権法の理論」や、やたらと難しいマルクスの「資本論」にまで打ち込んでいた。その結果、ようやく法律書の面白さが理解できるようになった。  さて、大学院は、どの先生の研究室を選ぶかが最大の問題であった。ぼく自身は教師になるつもりはなかったので、かなり迷った。  が、熟慮の結果、フランス商法の大家・大野実雄先生の研究室を志望した。先生の担当科目を五科目も取っていたこともあったが、先生の奥の深いお話に傾倒していたからである。  ところが、先生に修士論文のテーマを相談すると、即座にフランス書を十冊ほど書架から取り出し、この本を読みなさいと言われた。正直泣いた。  その日から、ぼくの新しい試練が始まった。プルス・ウルトラの日々である。そして、修士論文を書き上げた二年後、そのことを報告に行ったぼくに、先生はなんとこうおっしゃった。  「あわてて卒業する必要はないよ。博士課程に進み、もっとたくさんの本を読みなさい。ぼくが指導するから。受験はフランス語でしなさい」と。 <おくしま・たかやす> 愛媛県日吉村(現鬼北町)生まれ。早稲田大第一法学部卒。同大第14代総長。同大ラグビー部長、探検部長、日本私立大学連盟会長、日本高校野球連盟(高野連)会長などを歴任。ボーイスカウト日本連盟理事長、2013年から白鴎大学長。80歳。 関連キーワード 栃木 logo-en-hatena logo-en-twitter logo-en-facebook logo-en-line 関連記事ピックアップ「感染者、あっという間に倍」尾身会長が危機感 高齢者の3回目接種が最優先課題社会(2022年1月7日)40歳で医学部に入学、3児を育てながら医師に 何歳になっても、何度でも挑戦できる小池都知事が本紙に語った危機感「駐車場にコンセントさえない」、コロナ「敵が入れ替わった」社会(2021年12月29日)窪塚洋介さんが築いた離婚後の家族の形 子どもを尊重…今の妻も前の妻も一緒に「有名人の娘だから?」と不安だった神田沙也加さんに宮本亞門さんが返した言葉 追悼ツイートで明かす文化・芸能(2021年12月19日)「絶対隠す」と決めた過去、ありのままに語り厚労省に採用…施設で育った女性「少しでもいいことに」社会(2022年1月4日)「黒酢の21倍」耳鳴り世代が号泣の裏ワザとはAD(アイリンクス)「時代をつくるつもりで、一台をつくった」新型アウトランダーPHEV誕生AD(三菱自動車工業株式会社)Recommended by
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日期:2019/08/01点击:11