<奥島孝康のさらに向こうへ>パリ大での在外研究(3) 商法学の著名教授らと交流

 ぼくがパリに着いた一九七六年八月二日の為替レートは、一フラン六十円前後であったが、ほぼ一カ月もしないうちに五十円近くまで上がった。  ぼくのパリ大学での初任給はフランスの「メートル・アシスタン(専任講師)給」の五千五百フラン程度であったが、給与は物価連動制であったため、数カ月するとほぼ七千五百フランに上がった。  家賃は千五百フラン程度であったが、日本での給料が全額出ていたばかりか、家族全員がパリ住まいであるため、税金がゼロであり、なんとか切り抜けることができた。  さて、研究は週一度のエマール教授の大学院での授業のほかは、ほぼ毎日「ビブリオテーク・ナシオナル(国立図書館)」に通った。  この図書館はパリの中心二区のリシュリュー通りにあり、現在は移転しているが、当時から世界屈指の大図書館である。その古い、そして、やたらに厳かな雰囲気の中に身を置いて、ひたすら読書に没頭するのであるが、難解な文章を理解するべく、七転八倒する毎日であった。  コピーが発達していない頃のことなので、マイクロフィルムに撮るためには、必要な文献は著作権協会まで出かけ、オートリザシオン(許可)を取得する必要があり、苦労して約三十冊マイクロ化した(それらは、現在、早大中央図書館に収録されている)。  しかし、必要な文献の多くは、幸いにも古本として入手することができた。ぼくの通う旧パリ大法学部(現パリ第二大学)のあるカルチェ・ラタンのスフロ通りにある「ドゥシュマン」という古本屋で、ナポレオン法典以来の立法資料はたいていは入手でき、ぼくはほぼ三百冊ほどひどく安い値段で購入することができた。こんな幸運はなかった。  こうして研究環境が整ってくると、ぼくは次の計画の実行に移った。それは、日本で読んでいたフランスの教授たちとの会見であった。  そして、誰よりも、まず会いたかったレンヌ大学のシャンポー、パイユッソー、コンタンの三教授との会見であった。フランスの生活も一年近くになると、会話力もなんとか自信ができてきたので、あらかじめ手紙で予約をとり、レンヌ大学へと向かった。  当時、シャンポー教授はレンヌ大学長であったばかりか、ブルターニュ大学区の総長でもあり、非常な声望をもち、忙しい身であったにもかかわらず、大変な好意を示され、三人で歓迎会をしてくださったのみならず、毎日パイユッソー教授とコンタン助教授を交代でぼくに付き添わせて、世話をしていただいた。  そして、夜になると四人で会食を楽しみ、あれこれ日仏の商法の特色や傾向などにつき語り合った。  その際、ぼくが発した「エコール・ド・レンヌ(レンヌ学派)」と、お三人の学問の特色を語るのを大変お気に召したようで、お別れの日に三人からいただいた著書には、それぞれ「レンヌ学派の思い出のために」と誌(しる)されていた。  こうして、ぼくは十数人のフランス商法学を代表する教授たちと会見し、それぞれ忘れ難い思い出を作った。  とりわけ印象に残っているのが、指導教授であるパリ第二大学のエマール教授のほかは、若手のオプティ教授(当時パリ第十一大学、数年後にパリ第二大学教授)であった。秀才とはこういう人を指すのであろうと思われるオプティ教授は、哲学的なキビキビとした文体で、分析的な素晴らしい論文を次々と発表されていたが、五年後には日本で再会を果たした直後にパリで亡くなった。実に残念である。  パリ第一大学のタンク教授とガバルダ教授はきわめて親切な方々で、第二大学に極めて大きな対抗意識をお持ちであったが、ぼくにはとても親切であった。  もともと一つの大学であったパリ大学が、第一から第十三までに分かれたのは、学制改革の際、なんと仲の良い教授グループがそれぞれ中心となって新大学が作られたという裏話が真実を伝えており、実に奇々怪々。学問の府でこのようなことが実際にあったとは信じ難い話である。  四十年近い昔ばなしである。かくて、ぼくの青春(?)と人生最大のヴァカンス(!!)は、恩師大野実雄先生の「トゥ・タ・ユンヌ・ファン(何事にも終りはある)」とのお手紙の一句ですべては終わった。 <おくしま・たかやす> 愛媛県日吉村(現鬼北町)生まれ。早稲田大第一法学部卒。同大第14代総長。同大ラグビー部長、探検部長、日本私立大学連盟会長、日本高校野球連盟(高野連)会長などを歴任。ボーイスカウト日本連盟理事長、2013年から白鴎(旧字)大学長。80歳。 関連キーワード 栃木 logo-en-hatena logo-en-twitter logo-en-facebook logo-en-line 関連記事ピックアップ小池都知事が本紙に語った危機感「駐車場にコンセントさえない」、コロナ「敵が入れ替わった」社会(2021年12月29日)これは「しつけ」なのか、親のメンツなのか〈お父ちゃんやってます!加瀬健太郎〉精子取引トラブルで訴訟「京大卒独身日本人と言ったのに…経歴全部ウソ」精子提供者を女性が提訴 全国初か社会(2021年12月27日)窪塚洋介さんが築いた離婚後の家族の形 子どもを尊重…今の妻も前の妻も一緒に「感染者、あっという間に倍」尾身会長が危機感 高齢者の3回目接種が最優先課題社会(2022年1月7日)「有名人の娘だから?」と不安だった神田沙也加さんに宮本亞門さんが返した言葉 追悼ツイートで明かす文化・芸能(2021年12月19日)【脳は若返る】70代で脳年齢30才以下になる人続出中の「スマホ脳トレ」が話題AD(株式会社Art of Memory)「日本にあればOK」持ち主じゃなくても実家の価値を調べられる方法AD(リビンマッチ)Recommended by
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日期:2020/02/12点击:10